大久保利通ってどんな人だったのだろう?どんな魅力を持った人だったのだろう?私の思う大久保利通は「公正無私な人」です。その魅力とそこからの学びについて整理してみました。
歴史には諸説あるという前提で、私なりの解釈や想像も含めてこんなふうに考えるとおもしろい、ワクワクしてしまうということをご紹介します。
歴史ってちょっとおもしろいかもと思っていただく、きっかけになれば嬉しいです。
こんな人におすすめです。
- 大久保利通ってどんな人?簡単に知りたい
- 大久保利通の魅力について知りたい
- 歴史ってちょっとおもしろいかもと思っている
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【簡単】大久保利通ってどんなことをした人?
大久保利通について
どんなことをした人なのかを簡単に。
大久保利通は西郷隆盛、木戸孝允とともに「維新の三傑」と言われた人です。
- 1830年薩摩藩(いまの鹿児島県)に生まれる
- 1846年薩摩藩の記録所書役助となる
- 22才の時にお由羅騒動で謹慎処分となり、25才で謹慎を解かれる
- 1862年公武合体運動を推進。
- 1866年第二次長州征伐の出兵を拒否。これまでの公武合体路線から武力倒幕路線を指向
- 1869年明治政府の参議に就任
- 1871年大蔵卿に就任。岩倉使節団の一員として、欧米12カ国を歴訪
- 1873年帰国し、征韓論で西郷隆盛、板垣退助らと対立。内務卿に就任
- 学制や地租改正、徴兵令などを実施。富国強兵を目指し、殖産興業政策を推進
- 1877年西南戦争で政府軍を指揮。友であった西郷隆盛が敵軍となる
- 1878年紀尾井町で不平士族に襲撃され、49才の若さでこの世を去る
私の思う「大久保利通の魅力」
大久保利通は「公正無私な人」
私の思う大久保利通の魅力は「公正無私な人」です。
こんな逸話があります。
金銭には潔白で私財を蓄えることをせず、それどころか必要だが予算のつかなかった公共事業には私財を投じてまで行い、国の借金を個人で埋めていた。
Wikipediaより
まさに「公正無私」に日本の将来を真剣に考え、行動した人なのだと思います。
言葉で言うのは簡単ですが、私は「公正無私」な人に会ったことがありません。
人は「自分」が大事ですし、「自分」を優先する人は多くいると思います。私もその例外ではありません。
それが悪いことだとも思っていません。
だからこそ、大久保利通の「公正無私」な生きざまは尊敬に値するし、魅力を感じます。
当時の明治政府の中には私利私欲に走った人も大勢います。そんな中で「公正無私」を貫いた大久保利通の思いの強さにはすごみすら感じてしまいます。
こんな逸話も魅力的
家では優しい父親
普段は冷静な理論家で寡黙。威厳があり、大久保利通に意見できる人も少なかったそうです。
しかしながら、家庭内にいる時は優しく子煩悩な父親だったそうです。
これは私の想像ですが普段は仕事で忙しかったため、子どもと過ごす短い時間こそが幸せを実感できる大切な時間だったのだと思います。
子どもと遊ぶ、大久保利通の優しそうな笑顔が目に浮かんできます。
負けず嫌い
大久保利通は囲碁が趣味でした。
その囲碁に関してはとにかく負けず嫌いだったらしく、負けたときは露骨に機嫌が悪くなることもあったようです。
囲碁に負けて帰ってきたときは、玄関から足音が違っていたなんていうエピソードもあります。
まさに公正無私
大久保利通は「わしの国(薩摩)のものは政治には役に立ちません、戦にはいいが」と話し、自身の薩摩藩を優先することなく、出身藩に関わらず能力が高い者を登用したそうです。
これも大久保利通の公正無私を思わせる逸話ですね。
西郷隆盛との友情
西南戦争の際、大久保利通は西郷隆盛の不参加を信じて疑わなかったようです。
西郷隆盛が反乱軍を率いて鹿児島を出たという確報や証拠を突きつけられて、ようやく「そうであったか」と言って涙を流したそうです。
私はこの時の大久保利通、西郷隆盛、双方の気持ちを思うと何かこみ上げてくるものがあります。
かつての親友が敵に。
それぞれどんな思いだったのでしょうか。
この戦いの良し悪しは置いといて、私たちの「今」はそんな歴史の延長線上にあるのです。
親友同士の戦い、親子での戦い、兄弟での戦い・・・歴史は時に残酷だったり、理不尽だったりもします。
【参考】Wikipediaより
私が大久保利通から学んだこと
私は大久保利通にはなれません。
かつてこんな政治家がいたのか・・・とただただ感服します。
「公正無私」
大久保利通にはなれないまでも、私自身が迷走し、私欲のみに走りそうになった時には大久保利通という人の生きざまを思い出そうと思っています。
道を間違えそうになった時は、「大久保利通をみよ」と自分に言いきかせてみます。
まとめ
大久保利通は西郷隆盛、木戸孝允とともに「維新の三傑」と言われた人です。
そして、私の思う大久保利通の魅力は「公正無私な人」。
その仕事ぶりや振る舞いから、まさに「公正無私」に日本の将来を真剣に考え、行動した人なのだと思います。
現代において、「公正無私な人」というのはどれほどいるのでしょうか。私自身は「公正無私」だなんて、とても言えません。
だからこそ、迷走しそうな時には大久保利通という歴史上の人物の生きざまをふり返ってみようと思っています。
「維新の三傑」のひとりである西郷隆盛についても詳しく知りたいという方は、こちらの記事も併せてどうぞ。
そして、もうひとりの「維新の三傑」である木戸孝允(桂小五郎)に関する記事はこちらです。よろしければお読みください。
<まとめ記事の紹介>
仕事って難しい、肩の力を抜きたい、自分にはリフレッシュが必要だ、もう少し笑って生きたいという方はこちらの「世知辛い世の中だからこそ、笑って生きる」もご覧いただけたら嬉しいです。
私の経験が少しでもみなさんのお役に立てたら嬉しいです。