【織田信長】どんな人?その魅力と学び

歴史で笑う
スポンサーリンク

やまみちです。
織田信長ってどんな人だったのだろう?私の思う織田信長は「戦国の世に現れた革新者」です。その魅力と学びについてご紹介します。

歴史には諸説あるという前提で、私なりの解釈や想像も含めてこんなふうに考えてみるとおもしろいのでは、という視点でまとめてみました。

歴史ってちょっとおもしろいかもと思っていただく、きっかけになれば嬉しいです。

こんな人におすすめです。

  • 織田信長ってどんな人?簡単に知りたい
  • 織田信長の魅力について知りたい
  • 歴史ってちょっとおもしろいかもと思っている

※本ページはプロモーションが含まれています

スポンサーリンク

【簡単】織田信長ってどんなことをした人?

【出典:Wikipedia 織田信長より】

織田信長ってどんなことをした人なのかを簡単に。

  • 1534年に尾張(現在の愛知県)に生まれた戦国時代の武将
  • 経済・都市政策として、「楽市楽座」や不要な関所の撤廃、全国でバラバラだった枡の統一、質の悪い貨幣と良い貨幣の価値比率を定めた「撰銭令(えりぜにれい)」などを実施
  • 1560年には桶狭間の戦いで駿河の今川義元を撃破し、三河の徳川家康と同盟を結んだ
  • 足利義昭とともに上洛し、室町幕府の再興を果たす
  • しかしながら、1573年には足利義昭に見限られて敵対し、足利義昭を京都から追放
  • 1575年、長篠の戦で武田氏に勝利し、新政権の構築に乗りだす
  • 1582年には信長を太政大臣・関白・征夷大将軍のいずれかに任ずるという構想が持ち上がる(三職推任)
  • 同年、毛利氏討伐のため中国地方攻略の準備を進めていた中、重臣の明智光秀によって自害に追い込まれた(本能寺の変)

【参考】Wikipediaより

そして、時代は織田信長から豊臣秀吉へ。豊臣秀吉から徳川家康へ。この3人は戦国の三英傑と言われています。豊臣秀吉、徳川家康についても詳しく知りたいという方はこちらの記事も併せてどうぞ。

【参考記事】
【参考記事】

私の思う「織田信長の魅力」

織田信長に関する史実の解釈や評価はさまざまあり、賛否もわかれているようです。

織田信長に関して「魔王」「覇王」なんていう表現もよく耳にしますが、実はそんなキャラクターではなかったのでは?なんていう見方もあるようです。

私は歴史家ではないので歴史的に正しいか正しくないかということよりも、私なりの解釈で織田信長の魅力を探ってみます。

織田信長は「戦国の世に現れた革新者」

私の思う織田信長の魅力は、「戦国の世に現れた革新者」という点だと思っています。

戦国という動乱の時代に現れた革新者・織田信長。

最近の研究者の見解では革新者ではなかったのでは、という見方もあるようです。

しかしながら、私には戦国の世を終わらせるためにこの世に現れ、その下地をつくり、豊臣秀吉、徳川家康へとそのバトンを渡した革新者だったのではと思うのです。

歴史に”もし”はない、と言いますが・・・

もし、織田信長という武将が存在していなかったら、のちの豊臣秀吉や徳川家康はどうなっていたでしょうか?

豊臣秀吉は天下統一を成し遂げていたでしょうか?

徳川家康は江戸幕府を開けていたでしょうか?

織田信長が革新者であったということを無理やり肯定したいわけではありません。ただ、そう考えてみると信長が戦国の世を終わらせるために現れた革新者ではないかと思うのです。

信長がいなかったら、秀吉は歴史上の人物として登場しなかったのでは?

信長がいなかったら、家康はいち大名で終わっていたのでは?

結論は誰にもわかりません。

私には織田信長が秀吉、家康が進む道の入り口を切り開き、その下地をつくってバトンを渡したように思えるのです。

このように人物をつなげて見てみると、さらに歴史がおもしろくなってきませんか?

こんな逸話もあります

葬儀で抹香を仏前に投げつけた

父親の葬儀で抹香を仏前に投げつけたという逸話が残っています。

それを見た人たちは、「うつけ(まぬけ・ばか者)」と口々につぶやいたそうです。

たしかに、「うつけ」と言われても仕方ないような行動です。想像を超えています。

その行動に理由があったのか、なかったのか、諸説あるようです。仮に理由があったとしても、常人にはできない行動です。

好奇心旺盛な行動派

信長は好奇心が旺盛だったようです。

茶の湯や相撲、鷹狩り。お盆には安土城に明かりを灯して楽しむといったこともしていました。好奇心を持つだけでなく、それを実行してみるという行動力もありました。

また、睡眠時間が短かったという話しもあり、早起きをして忙しく行動していたのでしょう。

信長は身分が低い者に対しても気さくに話しかけかけていたようです。これも好奇心のあらわれではないでしょうか。

かなり早い段階から種子島(鉄砲)にも興味を持っていたようで、この興味が長篠の戦での勝利に結びついたのかもしれません。

私が織田信長から学んだこと

私が織田信長から学んだのは、「まわりが何と言おうと動じないこと」です。

信長は子どもの頃、「うつけ」と呼ばれていました。

意図して「うつけ」を演じていたのか?ただただ自分の思うとおりに行動していただけなのか?今となってはわかりません。

実際に信長がそうだったかはわかりませんが、大きな事を成し遂げるには時として「うつけ」になることも必要だったのではないでしょうか。

「うつけ」と呼ばれようとも小さなことは気にせず、とにかく前に進んでいく意志の強さと行動力。すごいパワーの持ち主だったのではと思います。

これは言い換えれば、「まわりからどう思われようが自分の信じる道をゆく」ということだとも思うのです。

私にはとても同じことはできません。できないながらも、ほんの少しでも見習えればと思います。

「うつけ」と言われながらも、ひたすら前に進み、天下統一を目指す。

「何百年も前にそんな人がいた」と思うだけで、少し勇気をもらえる気がするのです。

まとめ

戦国の三英傑のひとりである織田信長の魅力と学びについてまとめてみました。

私の思う織田信長の魅力は、「戦国の世に現れた革新者」という点です。

そして、信長からの学びは、「まわりが何と言おうと動じないこと」です。

私には信長ほどの度胸や強さはないので同じようにはいきません。

しかしながら、かつて「うつけ」と言われながらも天下統一を目指した人がいたということに勇気をもらえる気がするのです。

歴史っていろんな解釈ができますし、さまざまな学びがあります。

歴史は本当におもしろいです。私が歴史を好きになった理由もこちらにまとめてみました。よろしければ併せてどうぞ。

【参考記事】

<まとめ記事の紹介>
仕事って難しい、肩の力を抜きたい、自分にはリフレッシュが必要だ、もう少し笑って生きたいという方はこちらの「世知辛い世の中だからこそ、笑って生きる」もご覧いただけたら嬉しいです。

私の経験が少しでもみなさんのお役に立てたら嬉しいです。

タイトルとURLをコピーしました