【どう生きるか】映画「生きる」より 黒澤明監督作品

映画

やまみちです。
「どう生きるか」。奥が深いこのテーマで私に気づきと共感を与えてくれた映画があります。黒澤明監督の「生きる」という映画です。私がこの映画を観て、感じたこと、得たことをご紹介します。「どう生きるか」を考えるうえでのヒントや参考になればと思います。

映画のあらすじ紹介や解説をするつもりはありません。

映画を観て、私がどんなことをこの映画からもらえたのかをご紹介します。

そして、もし興味を持っていただけたのであれば、ぜひこの映画をご覧になってください。

それがあなたにとって何か良いことにつながれば嬉しいです。

こんな人におすすめです。

  • 「どう生きるか」モヤモヤしている
  • 「どう生きるか」の答えは出ないまでも考えるキッカケが欲しい
  • 心にガツンとくる映画を観たいと思っている
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「どう生きるか」 映画「生きる」を観て思ったこと

黒澤明監督の「生きる」という映画。

私がこの映画をはじめて観たのはおそらく二十歳くらいの時だったと思います。そして、2回目を観たのが社会人になってから。

社会人になってからのほうが思うところが多く、共感できる点も増えていました。

仕事をするようになって辛いことや迷いもある中で「生きる」ことの意味を自分なりに考えるようになってきたからなのだと思います。

社会人なってから「生きる」を観て思ったことは大きく3つです。

  • 仕事で世の中の役に立つというのは、ぐるりとまわって自分の喜びになる
  • 「世の中の役に立つ」というのは、簡単そうで実は難しい
  • 黒澤明監督ってすごい

なぜそう思ったのか?

なぜ「仕事で世の中の役に立つというのは、ぐるりとまわって自分の喜びになる」と思ったのか?

仕事を通じて世の中の人々のために走りまわり、役立とうとする主人公をみてシンプルに共感したからです。

その主人公はすごくイキイキしていて、とてもカッコよく見えました。

「世の中の人びとの役に立つ」それがぐるりとまわって自分の喜び、満足につながると素直に思うことができました。

仕事をして、世の中の人びとにも喜んでもらえる。とてもやりがいを感じるし、モチベーションも上がります。

「せっかく仕事をするのなら、少しでも世の中の役に立てるような仕事をしたいな」と若き社会人だった当時の私はそう思いました。

そして、今もそれは間違ってはいないと思っています。

なぜ「仕事で世の中の役に立つ」というのは簡単そうで難しいのか?

仕事をして「世の中の役に立つ」というのはシンプルに魅力的です。

しかし、残念ながら私は実際の仕事で「世の中の役に立っている」という実感はほぼありませんでした。

もしかすると私も気がつかないようなところで、ひそかに役立っていることがあったのかもしれませんが、私自身の実感はほぼありませんでした。

やろうという気持ちはあるが、実際はなかなか行動できない・・・

「生きる」という映画の中でもそのことをユニークに、そして皮肉を込めて描かれています。「理想と現実」のギャップです。

もはや言い訳にしかなりませんが、「時間がない」「利益や効率を優先すると難しい」「まわりの賛同が得られない」など都合のよい理由をつけて自分を正当化していました。

「仕事で世の中の役に立ちたい」という思いを実際の仕事で実現するのは、なかなか簡単ではないと感じています。

「黒澤明監督ってすごい」と思った理由

「生きる」という映画を観て、黒澤明監督のすごさを実感しました。

実は二十歳くらいの時に「生きる」を観た時は、そこまでの実感はありませんでした。

おそらくこの映画のメッセージにピンときていなかったのだと思います。

いえ。
まだピンとくるような経験がなかったのでしょう。

社会人になってから観た「生きる」からはいろんな示唆、ヒントをもらえた気がしています。

これだけ深いメッセージ、示唆をユニークさと皮肉もまじえながら、ひとつの作品に仕立てた黒澤明監督のすごさをジワジワと実感しました。

同じく黒澤明監督の作品で「七人の侍」についても記事にしています。もし興味がありましたらご覧ください。

【参考記事】

他にもたくさんの作品をのこしていますが、本当にすごい監督だと思っています。

実際に私が「生きる」という映画からもらったこと

「今からでも自分の経験を活かして役に立ちたい」という思い

若手社会人のころ、仕事で世の中の役に立ちたいと思っていました。

しかしながら、その気持ちはあっても「仕事で世の中の役に立てた」という実感はほぼありませんでした。

もはや言い訳でしかありませんが、日々の忙しさに流されてしまっていました。

  • 「もうひと工夫すれば、もっと喜んでもらえることになるのでは?」「でも時間もないし・・・」
  • 「それで商売になるのだろうか?」「まずは会社の利益を優先しないと・・・」

というような壁を越えようと思うと、想定以上の時間と努力、行動力が必要でした。

当時の私にはそこまですることができませんでした。

「理想と現実」のギャップを実感しました。

やろうと思えばできたこともあったのかもしれませんが、私にとっては簡単なことではありませんでした。

映画にも同じようなシーンがあります。理想に燃えながらも、その翌日にはみんな現実に戻ってしまうのです。

それを黒澤明監督は皮肉を込めて「みんなそんなものだよ」と言わんばかりにさらりと描いています。

すでに見透かされています。

そうこうしているうちに、私には定年が近づいてきました。

「世の中の役に立てている」という実感がない私は定年が近づくにつれて、自分の経験を活かして誰かのために役に立ちたいという思いが強くなってきました。

「仕事を通じて」ということにはこだわっていません。

このブログをやろうと思ったのもそんな思いからです。

この「生きる」という映画を観てブログをはじめたわけではありませんが、気持ちの奥底ではこの映画の影響も受けているのだと思っています。

「今からでも世の中の役に立ってみよう」そんな思いをこの映画からもらえたのだと思っています。

私には大きなパワーや影響力はありません。とび抜けた知識やノウハウがあるわけでもありません。

たとえ小さいことでも、自分ができることをコツコツと自分も楽しみながらやっていく。その結果として収益が出るのであれば、こんなに幸せなことはありません。

いまは「それでいい」と思っています。

「役に立つ」って?

ひとつ誤解して欲しくないのは「役に立っていないからダメ」ということではないと思うのです。

私も「ダメ」だからやってみようと思ったのではなく、「やってみたい」と思ったからやっているだけです。

「役に立つ」というのは人によって認識も異なります。

視点をかえれば、役に立っていない人なんていないとも言えます。

笑って、泣いて、生きる。

人知れず、誰かの笑顔や勇気、共感につながっているのかもしれません。

まとめ

「どう生きるか」。私が「生きる」という映画を観て、思ったことは

  • 仕事で世の中の役に立つというのは、ぐるりとまわって自分の喜びになる
  • 「世の中の役に立つ」というのは、簡単そうで実は難しい
  • 黒澤明監督ってすごい

という3つでした。

しかしながら、仕事を通じて「世の中の役に立てた」という実感のない私。

そんな私にも定年が近づくにつれて、自分の経験を活かして誰かのために役に立ちたいという思いが強くなってきました。

それはきっと、この「生きる」という映画が私の気持ちの奥底から、背中を押してくれているのかもしれません。

大きな役立ちでなくてもいい。

小さな役立ちでも、誰かの笑顔や喜びのお役に立てれば。

映画って、ちょっとおもしろいかもと思っていただけたら、「映画の魅力」についても記事を書いてみたので併せてどうぞ。

【参考記事】

私の経験が少しでもみなさんのお役に立てたら嬉しいです。

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